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島原半島観世音三十三霊場巡り 島原半島観世音三十三霊場巡り 2「八番霊場~十二番霊場 (南島原市深江町~有家町原尾名)」

〈初めに〉

さて、観音様って何だろう。
それは観世音菩薩といい、苦労や悩みの多い私たち俗人のために、いろんな形に変わって、大慈大悲をたれて救ってくださる菩薩様のことである。
その形の違いで、聖観音、千手観音、十一面観音、不空羅索観音、馬頭観音、如意輪観音などの名称があるが、普通には聖観音をいうようだ。
それぞれの観音様については、各霊場で述べることもあろう。
島原半島には、江戸時代から三十三の観音霊場があって、庶民の信仰の対象となっていた。
前回は島原城下の7霊場を巡ったが、今回は南島原市深江町から同有家町の堂崎までの5霊場を回る。

八番霊場「古江観音」(南島原市深江町古江名出の川)

島原市内の巡礼を終わって、いよいよ今月から南目の霊場巡りとなる。
以前はシマテツを利用して島原を出、近くの駅まで行き、そこから歩いて回る。
帰りもまたシマテツでというやり方だ。
少しでも赤字のシマテツ救済になればと、郷土愛を発揮しようと、それなりに頑張ったが、シマテツを支えきれずに申し訳ない。
九時に深江駅集合。
集まったのは14,5人と、予定よりすこし少ない。
本格的な歩き巡礼となったからかな。
今日は深江・布津・堂崎の4観音様巡りだ。
駅前より島原街道をしばらく南下。
天理教会前より川沿いに出の川集落を目指す。
ほ場整備が進んでいて、そのはずれに観音堂は静かに建っている。
その間約3キロ、まだまだ暑い中だが、修行と思いガマダス。
出の川、なるほど川水の出るところ。
清水がさらさらと流れている。
この豊かな水に感謝して、いつの時代からか「観音様」を祭ったのだな。
地区の人々は、日々お祈りを重ね、観音様もそういう里人をお守りくださっているのか。
堂内にはきれいな花が飾られている。
今朝もすでに、どなたかお参りされたのだろう。
私どもも参らせていただく。
御堂を出たら、有明海が眼下に広がる。
いい眺めである。
いつものように境内の見学をする。
古い形の墓や多重石塔がある。
この石塔は安永7(1778)年、深江村庄屋吉田助左衛門の建立したもの。
何の供養に建てたのかな。
時代は松平氏が再び島原統治を始めたすぐ後のことである。

九番霊場「飯野観音」(南島原市布津町坂下名飯野)

八番霊場のすぐ上を広域農道が通っているので、それを利用。
少し下り、3.5キロ歩いたら飯野小学校横に出た。
校舎と体育館に挟まれるように飯野観音堂が建っている。
飯野集落は斜面にあるので広い土地に恵まれないから、こうなったのかな。
体育館ではバレーボールの試合があっているのか、子どもたちが元気な声で挨拶して通る。
毎日観音様と一緒に幸せな飯野の子どもたちである。
御堂は改修されていて、新しく塗り直されたりしているが、ご本尊は石造りの観音様だ。
石仏とはこれまた珍しい。
みんな、合掌。
そして読経。
飯野から本村の中通へ行く間に、新川の谷と三本松の急坂がある。
つまりこれは布津断層崖だ。
数十万年前に古雲仙岳活動によって生まれた大断層である。
その下部を新川が急流となって下る。
川幅約4間。
この道は島原街道で、南目道の要地であるから、ここに頑強な石橋を架けた。
嘉永6(1853)年のことである。
切石をアーチ型に組み立てためがね橋に仕立てた。
橋柱には、世話人松島惣五郎、原徳兵衛、石工平治兵衛などと刻まれていて、土地の有力者が中心となって架橋したもの。
村の発展のために村人が自力で造り上げたのだ。
川底から3.5,長さ8,幅8メートルの新川めがね橋は今も健在だ。
150年間余りよくぞ自然災害の多い中で堪え忍んできたものだ。
もちろん町の文化財として指定され今からも大切にされていくことだろう。
久しぶりにこのあたりを歩いたら、ほ場整備も終わり、めがね橋に代わるコンクリート橋も出来ていて、保存が出来てよかったね。

十番霊場「円通寺観音」(南島原市布津町大崎名中通)

目指す十番霊場の手前、街道をちょっと左手へ入ったところに熊野神社がある。
そこへ立ち寄る。
それは、見事な龍を彫り込んだ手洗鉢があるからだ。
境内に縦1.2メートル,横80センチメートルの大きな水盤に龍がとりついている。
天保6(1835)年、中通若者奉納と刻まれ、世話人など30人の名が読み取れる。
この近くの中通名の若者が島原半島を巡礼して基金を集め、この手洗鉢を寄進したものだ。
この年は大雨洪水の多い年であった。
それで村の若者たちは代表して神社仏閣、霊場を巡って祈願したのだろう。
そしてこの龍を刻み込んだのだな。
その霊験はあらたかであったろう。
円通寺は集落の真ん中にあり、近くには庄屋元もある。
ここは布津の本村にあたる。
この寺の中に観音様は祭られている。
お願いして本堂に上がらせていただき、お参りする。
すっかり改修された御堂には観音様が安置されている。
坊守様がお茶を御接待してくださる。
それに甘えて昼食にさせていただきほっと一息、食事と会話が弾む。
ありがたいことです。
この温かいもてなしに一同合掌。
島原街道を南下。
谷一つ越したところに坊主坂があり、その上、丸山集落入り口に地蔵尊が祭られている。
宝暦6(1756)年奉納と刻まれた三界万霊塔の上に安置されている。
言い伝えでは、この坂に女の幽霊が出ていたので、この地蔵様を祭り供養したそうだ。
ここでも合掌。

十一番霊場「野田観音」(南島原市布津町貝崎名野田)

さらに南下。
道の右手、つまり山手は堂崎。
左手、海側は布津と街道が境界となっている。
この通りから少し海手へ入ったところに野田観音堂がある。
ここまで約2.5キロ。
集落の真ん中、一段と高まったところに観音堂がある。
文字通り野田の集落の観音様だ。
きれいな花が上げられていて、境内には塵一つない。
集落の人がよく詣でているのだな。
ご本尊は白衣観音様で、側には大師像も祭られている。
いつものように「般若心経」を唱える。
たった266字語のお経だがまだうろ覚えで、経本片手に読誦だ。
般若心経―短い経文だが、奥深い知恵が凝縮されているそうだ。
それで日本人に最も広く親しまれており、ほとんどの宗派で読誦されている。
またこの教典が持つ霊的パワーの強さでも知られている。
供養や開運の願いや精神統一など、様々な目的に使用されている。

十二番霊場「堂山観音」(南島原市有家町原尾名堂山)

すぐに堂崎に着いた。
湊越しに小山がある。
堂山という。
そこに観音様が祭られている。
国道を横切り、階段を上ると観音堂にしては大きな建物がある。
かつては尼寺であったところだ。
それが今では祭る人がいらっしゃらない。
回りに多くの墓が並んでいて、墓参りする人も多い。
有明海に突き出た台地だから、ここからの眺めがいい。
ある時、ここへ大きな木片が流れ着いた。
この木はその昔、百済国の龍万山という霊山の古木で、突然姿を消して肥後宇土の海岸に流れ着いて驚かせたもの。
村人はその木で橋を架けて往来に利用していたが、渡るたびに奇妙な音を発し、夜になると怪火が飛んで村人を驚かしていた。
そこへ行基上人が巡錫し、大音声を発すると橋は八方に飛び散り、その木片がここへ流れ着いたそうだ。
行基上人はそれぞれの漂着地を訪ねて、その木で観音様を彫り、祭ったと言われている。
この時、瀬崎観音(南島原市口之津町)など8カ所が開かれたと、他所の観音堂縁起書にある。
このように由緒ある堂山の観音堂だ。
しかし今では無人の御堂で、雨戸が少し開いているだけ。
そこから中を拝ませてもらう。
立派な白衣観音様と御大師様が祭られている。
尼さんがいらっしゃったそうだが、お年でリタイヤとのこと。
どなたか跡を継いで祭られる人はいないのか、由緒ある堂山観音なのに。
本日の巡礼はここまで、予定通り終わった。
3時半のシマテツバスで帰る。
途中うとうとしていたらもう島原に着いた。
今日も心豊かに過ごせてよかったね。
(続く)

次回は 島原半島観世音三十三霊場巡り②
「八番霊場~十二番霊場(南島原市深江町~有家町原尾名) 」

先生の紹介

松尾先生松尾先生は昭和10(1935)年島原市生まれ。
島原城資料館専門員、島原文化財保護委員会会長。
『島原の歴史については松尾先生に聞け』と言われる島原の生き字引的存在。
著書に『おはなし 島原の歴史』『島原街道を行く』『長崎街道を行く』など。
※FMしまばら(88.4MHz) 毎週金曜日 10:30~「乗って島原鉄道~島鉄沿線歴史の旅~」放送中!

過去の記事はこちら。

島原半島観世音三十三霊場巡り 島原半島観世音三十三霊場巡り 1「一番霊場~七番霊場(島原市内)」
乗って島原鉄道~島鉄沿線歴史の旅~⑥「口之津港ターミナルビル(外観)」
乗って島原鉄道~島鉄沿線歴史の旅~⑤「旧口之津鉄道廃線を行く」
乗って島原鉄道~島鉄沿線歴史の旅~④「島原駅中心」
乗って島原鉄道~島鉄沿線歴史の旅~③「多比良~三会」
乗って島原鉄道~島鉄沿線歴史の旅~②「愛野~神代」
乗って島原鉄道~島鉄沿線歴史の旅~①「諫早~愛野」
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