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4.192018
松尾先生のおはなし・島原の歴史 第3回 いのちある限り
?〈はじめに〉
セミナリオの町
カラーン、コロン、カラーン、コロン、、、、。教会のカネが鳴っています。
ここは有馬の城下(今の北有馬)です。有明海に白いお城が写っています。その青い静かな海をカネの音がどこまでも広がっていきます。
それは昨年の事でした。隣の港町・口之津でキリスト教の神父さんたちが集まって話しあいました。
「日本人は優れています。教養もあるし、もっと勉強を進めていけば、ヨーロッパ人にも負けないようになるでしょう」。
「今から、日本人にも神父さんになってもらいましょう。そのために学校をつくりましょう」。
ローマから日本の様子を調べに来ていたヴァリニャーノ神父は熱心に話をしました。集まっている神父さんたちも賛成です。
こうしてキリスト教の学校セミナリオがつくられました。
1.入学式
1580年の事です。
初夏のまぶしい太陽が輝いています。有馬の城下は人でいっぱいで、わきたっています。
「あっ、あのお方は千々石のお殿様だ、お子様もふとうなられて、、、」。
「城下の西様もこらしたぞ。お子様ば入れらすとたいね」きらきら光る絹の着物の少年たちが、一人、二人と教会へ向かっています。
馬に乗った武士や背の高い赤ら顔の神父さんも通ります。城下の人や近くの村人もこの様子を見ようと大通りや街角に人垣をつくっています。
入学のミサが開かれました。校長のモウラ神父の話が始まりました。
「みなさん、みなさんは神の子です。多くの人から選ばれた立派な人ばかりです。今日からはイエス様の教えを守り、しっかり勉強して神に仕える人になって下さい。
集まっている22人の少年たちはヒトミを輝かせています。そのなかに、西ロマノがいます。ここ有馬の家老の子どもです。
「そうなんだ、私は神の子だ。しっかり勉強して神様にお仕えするのだ」。みんなも同じ気持ちでした。
今から始まる新しい生活に期待と不安で胸がいっぱいでした。
2.セミナリオの一日
ロマノたちは寄宿舎で共同生活をしました。
昔、大きな寺だった部屋を机とタナで仕切り、中にベッドを置いてそこで寝るのです。初めてのことで、なかなか眠れません。
「あのう、どこから来たのですか」。
「私は、天草です」。
この有馬だけでなく、向こう岸の天草、長崎や大村、遠い日向(今の宮崎県)からも来ています。
初めのころは教科書もなく、勉強の仕方もわかりません。でもみんなは熱心に勉強しました。
「アー、ベー、ケー、デ、エー、エフ、ゲー、、、」。ラテン語を勉強する元気な声が通りまで聞こえます。
雲仙岳のもみじが赤くなり始めたころです。今日は休みの日で、近くの人は家へ帰っていいことになりました。
「父上、母上、ただ今帰りました」。玄関で元気の良い声がします。
頭をくりくりにそり上げて、青い袋の様な洋服を着た少年が立っています。
「まあ、ロマノではないの。お帰り」。ロマノは座敷で母や父、兄たちにセミナリオの様子を話しました。
「毎朝4時半に起きるのですよ。お祈りをして、朝6時から7時までラテン語の勉強をします。
先生の所へ1人ひとり行って、前に出された宿題を見てもらい、間違ったところを教えてもらうのです。
父はしばらくの間にすっかり成長している姿に目を細めています。
3.セミナリオの一日(2)
「9時になると朝食です。先生や神父さんたちといっしょに食べます。その後11時まで休み時間です。みんなほっとして、おしゃべりしたり本を読んだり散歩をします。」「午後2時まで3時間は日本語の読み書きの時間です。先生は日本人ですよ。
その後3時までは音楽の時間で、ラテン語で賛美歌を歌ったりオルガンやビオラの練習をします。」
「オルガンをひくんだって!」。「母上、オルガンは楽ですよ。だって好きだもん。オルガンをひいているとなんだかヨーロッパにいるみたい」。話しはまだまだ続きます。
「3時から4時半まではまたラテン語の勉強で、大変です。なにしろ学問はラテン語が中心ですから力を入れているのです」。
「5時~7時までは夕食と休み時間です。その後またラテン語などの復習をして、8時にはマリア様へお祈りを捧げて眠ります」。
このようにセミナリオでの生活は朝の4時半から夜の8時まで、時間割によって規則正しく行われていました。
ヨーロッパの学校と同じ教育がこの有馬でも行われていたのです。
セミナリオで勉強して2年たちました。「キリスト教がこんなに栄えているのには驚きました。
ローマへこの様子をお知らせしましょう」。「そうですね、お使いを出して教皇様に感謝を申し上げましょう」。
4.少年使節、ローマへ
そのころには、西日本各地に信者が20万人にも増え、特に有馬ではお殿様を始め武士や農民もみんな熱心な信者でした。
ヴァリニャーノ神父たちはローマへ使節を送ることにしました。そのお使いには、セミナリオで学んでいる少年を中心に選びました。
有馬の千々石ミゲル、大分の伊東マンショ、大村の原マルチノと中浦ジュリアンの4人です。
千々石ミゲルは有馬のお殿様の身内で、他の3人もそれぞれのお殿様の親せきです。お使いとしては申し分ありません。
春を運ぶ季節風が吹き出した日です。4人の少年使節が長崎から船出しました。
「ミゲル様、体に気をつけてください」。
「ありがとう。無事を神に祈ってくれよな」。
なにしろ、まだ誰もいったことが無いローマへの旅立ちでしたから大変な苦労がありました。
ミゲルたちが教皇様に会って、無事にお務めを果たして帰国したのは8年後の事でした。
その間、セミナリオでの勉強はずいぶん進みました。後輩が何人も入学してきました。
ロマノは神父になる勉強を続けています。先生の手伝いをして勉強を見てやったり、寄宿舎の世話をしました。
校舎も新しくなり、ヨーロッパ風の堂々とした2階建てです。その高い塔にはアンゼラスのカネが据えつけられました。
カラーン、コロン、カラーン、コロン、、、朝夕、美しいカネの音が城下に響きます。
そうしたら、お城の武士、畑仕事の人や沖で魚を取っている人たちも、みんな仕事の手を休めて一日のお祈りを始めました。
美しい讃美歌のコーラスが流れてきます。近くで遊んでいた子どもたちも一緒に歌い出しました。
キリスト教はすっかり有馬の土地にとけ込み、人々は助け合って神の国をつくり上げようとしていたのです。
6.地獄ぜめ
ここはお山・雲仙です。毎日のようにふもとの村からじゅずつなぎになった信者や神父さんが引き立てられてきます。
その人たちの顔はどす黒くはれ上がり、着物はぼろぼろに破れ、疲れはてています。
通って来た山道には点々と血の跡が残っています。やがて小高い丘の上に集められました。
がけ下には温泉がにえたぎっています。イオウのにおいが鼻をつきます。死のにおいのようです。
「もう一度たずねるが、お前はキリシタンを止めないのだな。」「へい、わたしゃイエス様ば信じとりやす。神様にいのちば捧げとっとです」。
「エエイ、キリシタンは地獄へほうり込んでしまえ」。
雲仙の山々には祈りと讃美歌、悲鳴の声がいつまでもこだましていました。この世の地獄のようでした。
こんな激しい取りしまりの中でも、自分が正しいと思った教えを最後まで守っていこうとする人もいます。
ひそかに集まってミサを開いたり、納戸の壁に隠したマリア像を出してお祈りしています。
7.いのちある限り
「ごめんなへいー」。トン、トントン、、、かすかに戸をたたく音と、よび声がします。
ここは有馬の山奥にある八良尾の農家です。
「ありゃ、神父さんたちたい」八良尾の信者たちはこの日が来るのをどれだけ待ったことでしょう。
「神父様、お祈りばしまっしょ。おどんたちの苦しか胸ン中ば、聞いてくだされ。」
この神父こそが有馬のセミナリオで学んだ西ロマノだったのです。
必死で信仰を守っている人たちへ毎日厳しい取り締まりの手をくぐり抜けて神の教えを伝えているのです。その夜はいつまでもお祈りが続きました。
次の日、朝もやの中をロマノ神父は去っていきました。
山越えの途中で有馬の町並みが見えます。30年も前に一生懸命に勉強したところです。
「私はセミナリオで神に一生を捧げるチカイをしたのだ。いのちのある限り、私を待っている信者のところへ出かけるぞ」。
そのヒトミは少年のときのように輝いていました。
(次回は「たたかう金作」)
先生の紹介
松尾先生は昭和10(1935)年島原市生まれ。
島原城資料館専門員、島原文化財保護委員会会長。
『島原の歴史については松尾先生に聞け』と言われる島原の生き字引的存在。
著書に『おはなし 島原の歴史』『島原街道を行く』『長崎街道を行く』など。
※FMしまばら(88.4MHz) 毎週金曜日 10:30~「松尾卓次のぶらっとさらく」放送中!
過去の記事はこちら。
松尾先生のおはなし・島原の歴史 第2回おとうの見た合戦
松尾先生のおはなし・島原の歴史 第1回くれ石原をかけめぐる
松尾先生の島原街道アゲイン 最終回 「深江~安中」
松尾先生の島原街道アゲイン「有家~布津」
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松尾先生の島原街道アゲイン「三会~湯江編」
松尾先生の島原街道アゲイン「島原市街地編」
島原の歴史50選「第6回 激動の時代」
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「人物・島原の歴史シリーズ 第6回 未来へ続く人々」
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