記事

元気企業『株式会社こつぶ商店』

瓦や屋根材の販売・施工で専門性を極める

“山椒は小粒でもピリッと辛い”、このことわざがピッタリの会社だ。
変わった社名だが、「もともと身体が小さかったので昔はコンプレックスもあったけど、今からは逆にこれを売りにしよう」(吉田真社長)という自信の裏返しでもある。

会社の設立は2014年。経理を担当する奥様との2人3脚の会社だ。屋根材の販売・施工をおこなう会社だがそれまでのキャリアは長い。
“瓦ぶき一級技能士”の国家資格の肩書からも分かるようにすでに25年の実務キャリアを持つ。

1990年に島原工高の建築科を卒業し関東地方の建設会社に就職。現場監督などを経験しながら3年ほど業界のことを学んだという。
その後帰郷し地元の屋根材専門会社に22年間勤務して技術に磨きをかけた。

1400年前に伝来した瓦の製造技術

個性的な鬼瓦

個性的な鬼瓦

扱う製品は瓦が中心だが大きくは3種類に分かれる。
古来から伝わる「いぶし瓦」や「陶器瓦」、それに都市圏やこちらの建売住宅にも多く使われている平板な「コロニアル形」の3つ。
カラーバリエーションなども入れると色や形状も多様だ。

日本の瓦の歴史は古く1400年前の唐の時代にまでさかのぼる。
陶磁器の歴史と同様に当時4人の瓦製作技術者が我が国に招聘され、当初は天皇家など高貴な身分の家屋などにのみ使われていたという。
粘土を形成して焼いた「いぶし瓦」と呼ばれるものだが、「国の文化財などにも指定されている古刹の瓦には今も1000年くらい前の瓦が一部残っているものもある」(吉田社長)というからその耐久性には驚かされる。

その後「日本の風土や気候、さらに入母屋・寄棟など我が国独特の屋根の形状などにあわせて改良が加えられ、主にお寺やお城などで見られる丸形形状の瓦や一般的な波型形状など独自の形が出来上がった」(吉田社長)という。

庶民に普及し始めたのは江戸時代になってからということだが、地震などへの防災機能が重視されている今日では「耐震や耐風、防水性能などを考慮し軽量化も実現した陶器製の平板瓦が多く使われている」(吉田社長)という。
また、これらの多くは淡路(兵庫)、愛知、島根の3大産地で製造されているというのも特徴的だ。

キメ細かな対応でお客様との信頼を築く

こつぶ商店のモットーはお客様第一。
瓦など屋根材の販売・施工を主業務にしている同社だが、お客様から要望があれば屋根の草取りや雨どいのつまり除去作業など大から小まで幅広い業務に対応しているという。

「工事を施工したお客様とは一生のつきあい」(吉田社長)というように、今では仕事の注文も工務店からの仲介よりも個人客が増えているとのこと。
文字通り“屋根材のかかりつけホームドクター”だ。
自身の仕事に誇りと情熱を注ぎ、ビジネスの基本である“顧客指向(CS)”を実践している好例でもあろう。

その同社が営業のモットーにしているのはお客様との信頼づくり。
「自分を隠さず誠心誠意、お客様の立場にたって仕事を行う“やるしかない”の考えが独立の切っ掛けだった」(吉田社長)というから根性も並大抵なものではないようだ。

小学校の育友会活動がキッカケに

吉田真社長

吉田真社長

吉田社長が今の会社を立ち上げ、事業に自信をもつきっかけになったのは、何とご子息が通った小学校(2小)の育友会活動だったという。
2年間そこで経験した児童や保護者たちとのさまざまな活動を通しての触れ合いや、育友会会長として卒業式や入学式で読んだ祝辞だったという。

「飾らずありのままの姿を皆の前にさらけだすことの大切さを学んだことが、結果的に今の仕事の開拓にすごく役に立った」(吉田社長)というから人生何が役に立つか分からない。
やはり仕事も人生も常に前向きにチャレンジしていくことが一番大切だと感じさせられる。

“営業は分母が増えれば分子も増える”という知人からのアドバイスを座右の銘にしているという同社だが、島原半島全域も視野に入れ、その活動は積極的で幅広い。
今はこつぶ(小粒)でも近い将来には大きな果実も期待させる会社である。

こつぶ商店

 

株式会社こつぶ商店
[島原市青葉町5412-3]

関連記事

ページ上部へ戻る